2025 10,15 02:25 |
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2007 10,06 14:25 |
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いつも通りの激務中、 PR |
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2007 10,02 10:51 |
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我々は文明に多くの面で助けられている。
高速道路を利用する時も、以前は料金所でいちいち車を止めてチケットをとったり、おっちゃんに料金を渡したりと手間がかかっていた。
しかし近年ETCの開発、普及により、ETCを搭載している車は料金所を少し減速するだけでそのまま通ることができ、とても快適な運転ができるように改善された。
しかし新しいルールをつくると、そのルールにのっとっている場合は快適さが約束されるのだが、これを破ってしまうとETC登場以前よりも面倒な事態に陥ってしまう。
みなさんもたまに見かけると思うのだが、ETCを搭載していない車がETCレーンに進入すると、大変なことになる。
運転手がバーを挙げる手段が1つもないため、どこからともなくやってくるおっちゃんを待ち、チケットをもらったりお金を払ったりバーを挙げる作業をしたりと、えらい時間がかかる。ETCレーンに入ってきてしまった後続車両は大迷惑である。
そんな、まさに文明的といえるETCなのだが、先日大惨事一歩手前の体験をした。
2007年9月12日、竜さん、池上、あいこと新松田の山奥に滝行(滝に打たれる修行)をしにいった。
愛車のコペンにあいこを乗せ颯爽と現地へと向かう途中、厚木~新松田間を東名高速を使用した。
コペンにはETCが搭載されているため、わしは迷いなく新松田インター出口の料金所もETCレーンを通過しようとした。
遅刻気味だったこともあり急いでいたので、普段より速めの60km/hでレーンに進入した。
いつも開くはずの距離で目の前のバーが開かない。
ん?と思ったが、ほんの一瞬(0.3秒くらい)まだこれから開くかもしれないという気持ちが出てブレーキを踏まずに進入した。
まだバーが開かない。
しかし確実にETCは搭載されているし、以前高速に乗った時もなんら問題はなかったので大丈夫だろうと思い、まだブレーキを踏まない。
まだ開かない!!!
閉じているバーまでの距離は2mくらいで50km/h!!
さすがにもうダメぽーーーーーーー!!!!!!!
最後の最後までバーは開かなかった。
新松田インターのETCのバーが他のところよりも比較的高く広めに設置されていたことが幸いし、コペンは奇跡的に閉じたバーのど真ん中を突き抜けた。
料金所を抜けたところで車を止め呆然としているところに、どこからともなく湧いてきたおっちゃんが車に駆け寄ってきた。
「ちょっと確認させてねー」
なぜだーー!なぜバーが開かなかったんだ!!!
わしはダッシュボードの中のETC車載器を確認して、全てを理解した。
高速に乗る前、わしは家から持ってきた保険証などいろいろ閉じてあるファイルをあいこに渡し、ダッシュボードに入れてと頼んだ。
その時、あいこはファイルを無造作にダッシュボードの中に叩き込み、何かに引っかかっている様子なのをものともせずにフタをねじ込んでいた。
確実にETC車載器に引っかかっていた!!!
そして、奇跡的にファイルの端がETC車載器のカード取り出しボタンを押し込み、走行中にETCカードが外に出てしまっていたのである!!!
事実、ダッシュボードの中を確認した時にカードが外に出てしまっていた。
文明社会だからこそ起こりえる人災である。
ETCレーンのバーを破壊しなかったことが不幸中の幸いで、もしぶつかっていたら車のダメージも精神的ダメージも大変なものであっただろうとほっと胸を撫で下ろしていると、奴はこんなことを言っていた。
「バーを破壊してダイハードみたいになったらおもろかったのに、ぎひひひひひ」
もうだめぽ |
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2007 09,18 09:48 |
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2007 09,03 00:31 |
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ビリー隊長のブートキャンプに志願したところ、 |
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2007 08,24 11:02 |
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2007学生選手権本選の帰り、池上氏、竹下さん、あいこ、みか、けん、ガンダーラ、わしという、2年生の中に一人だけリーマンというひどく場違いな感じでかき揚げ丼のお店に行った。
わしは最近の若者の生態を探るため、颯爽と座敷の末端に陣取り気配を消し、じっと2年生の生態を観察していた。
そこはわしの知らない、アンビリーバボーな世界が繰り広げられていた。
とにかくガンダーラはすごい。
「やべぇ」から始まる理解不能トークを延々と垂れ流すその姿は、まるで仕事でこき使われまくったしょぼくれたリーマンが仕事帰りに安い居酒屋で一杯引っかけ、聞き上手なママに愚痴なんだか自己啓発なんだか感想なんだかさっぱりわからないし第一興味がまるでそそられない話を一方的に続けているかのようであった。(ちなみにガンダーラにはアルコールは一滴も入っていない)
そんな感じで赤銅色をしたガンダーラが内容を紹介するために思い出そうにも思い出せないような軽薄トークを連発していると、今まで不気味な静けさを保っていたあのお方が遂に口を開いた。
竹下さん:「ガンダーラは、下手な鉄砲、数を撃っても、1つも当たらない。」
聞く耳をもたない超ハイテンションガンダーラはその後も座敷でうつ伏せに横になって不信感をアピールしてみたり、突然けんの背中と壁の間に頭を突っ込んで「はまった☆ はまった☆」と言って得意気に何かをアピールしてみたりと、まさに某世界で流行語であるドキュン(もしくはドキュソ)の権化であった。
そんなこんなで2年生の知られざる生態を目の当たりにし、色んな意味でお腹一杯で店を出た。
そして帰路の車中のためにコンビニへと向かった。
なんとそこで再び不思議体験をしてしまうとは夢にも思っていなかった。
みんなが各々お菓子などを選んでいると、なんとジュースの並ぶショーケースに密着し過ぎ、閉まってきたガラス扉と商品棚の間に挟まれてしまっているドキュソがいるのを目撃してしまった。
あまりに不審すぎる行動をとっているその赤銅色をしたなかなか男前な顔をした残念な男は、よく言えば好奇な(むしろかわいそうな)視線を浴びていることに興奮を覚えたのか、してやったり顔をしたまましばらく動きを止めていた。
ドキュソ王子はその視線の主が子供連れの一般客であることにしばらく気付かず、気付いた瞬間さすがに恥ずかしかったらしく、いたずらがばれてしまった少年のように遠くで観察していたわしたちのもとへ小走りに駆け寄ってきた。
これほど関係者だと思われたくないと感じたのは自分だけでなかったに違いない。
実りある経験ができて、とてもすがすがしい気分で帰路につくことができましたとさ。 |
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2007 08,12 07:42 |
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学生一次の写真を仮アップしました!
http://web.sfc.keio.ac.jp/~rikishi/2007student_regional/2007student_regional.html 今後コメントつけます。 |
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2007 08,08 14:16 |
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普段毒虫のように鬱陶しいとあるポエマーが、
ハスキーズ引退の際、とても大切な言葉を残してくれました。
それはハスキーズにこれからも引き継いでほしい文化、
「喜びの共有」
です。
僕の中でハスキーズにおける「喜びの共有」とは、
ただ単純に試合で敵を倒した際に得られた快感だけではなく、
普段の練習や合宿など、大会期間よりも遥かに長い時間を共にする仲間と過ごす全ての時間を総合して得られる喜びの共有なのかなと解釈しています。
みんなの喜びの共有によって、チームのパワーは爆発的に強くなることは言うまでもありません。
この点がチームスポーツの醍醐味であり、むっつり一人で練習するのが好きな僕が個人競技ではなくチームスポーツにこだわる理由です。
ただ難しいのは、このタイプの喜びは受動的に生まれるものではありません。
強い立場の人が弱い立場の人を気遣ったり、
逆に弱い立場の人が強い立場の人にちょっと気を利かせてみたり、
そのような強制されたものでない気配りを、みんながお互いに自然に行うことができるようになったときに生まれます。
しかしその気配りが強制的に行わされているものだったり、一方的なものであったりしたときに、喜びの共有は破綻してしまいます。
喜びの共有の破綻はチームにとって大きな痛手であることは言うまでもありません。
実際にハスキーズも過去にそのような苦い経験をしています。
僕の代のレディースは1年の春には10人以上いたのですが、2年の時には2人になってしまいました。
しかもその2人もバリバリのプレーヤーとしてではなく、一歩距離を置いた形での所属でした。
当時のハスキーズのレディースの仲が悪かったわけでは決してありません。しかし上級生の責任感が強すぎたために、なかなかかまってもらえなかった後輩たちはハスキーズに対し次第に疎外感を感じるようになり、喜びの共有を失ってしまったのでした。
なぜそのようなことになってしまったのかという原因は、第三者の視点で見ればとても簡単なことなのですが、その渦中にいる人たちは悪気があってやっているわけではないのでなかなか気付くことができないのです。
強くなるため、自分達がチームを引っ張ってゆかねばならないと、チームのためを思って必死にがんばっていた上級生達は、わけもわからぬまま貴重な戦力を失い、結局自分達の首を絞める結果となってしまったのです。
僕はオープンの某氏から話を聞き、不安を感じました。
全てのカワイイ後輩たちに、昔と同じ悲しい歴史を繰り返してほしくないと思っています。心の底からそう願います。 これを読んでうざいと感じた人ほど、ちょっと見直してみてください。
そして、まわりに視野が狭くなっている人がいると感じるのならば、その人たちに伝えてください。 過去に激アチなハスキーズライフを満喫した、現在しょぼリーマンからのお願いです。
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2007 08,06 14:08 |
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名字を入力すると全国の世帯数がわかるという渋いサイトを発見しました。
激務の合間を縫ってコツコツと調査をした結果、 ハスキーズの珍しい名字TOP10は以下のようになりました! 1位 叶多 22世帯
2位 小犬丸 31世帯
3位 金栄 42世帯
4位 堂道 46世帯
5位 諸伏 124世帯
6位 上堀 145世帯
7位 君和田 247世帯
8位 甲 393世帯
9位 天笠 513世帯
10位 尾中 613世帯
逆に、全国にブラザーの多いハスキーズの名字TOP10は以下のようになりました!
1位 佐藤 474558世帯
2位 鈴木 418463世帯
3位 田中 327593世帯
4位 伊藤 264577世帯
5位 中村 256902世帯
6位 小林 250901世帯
7位 山田 201046世帯
8位 松本 155284世帯
9位 井上 149814世帯
10位 林 134614世帯
最後に、ハスキーズであだなの多かった人TOP5は以下のようになりました。
1位 堂道 19個
けんた、ベッカム、デカプリオ、堂道・ベッカム・デカプリオ、サップ、ロドリゴ、ロドリゲ、ドリゲロ、ドリゲレ、ドリンボ、モリンボ、アジャ、イアン・アジャソープ、アジャンボ、アジャプリオ、アジャゲロ、ロミオ、反町、岩
2位 島村 10個
たかひろ、しまむー、シーマン、しまむり、エロムリ、エロ紅、モコ紅、モコちゃん、紅丸、ヨン様
3位 三田 5個
ジョニー、ゲボタンク※、ミタンク、タンク、タンク♂さん (※注意:ゲヴォさんとは別人物です)
3位 横田 5個
きょうすけ、ガトリン、ジャスティン、J・ガトリン、おじちゃん
3位 松田 5個
たくや、たくちゃん、アディ田、パチ田、マグナム
叶多家は実に21570倍の勢力を誇る佐藤家に宣戦布告されたらひとたまりもないですね。
また、珍名さんTOP10が束になって戦いを挑んでも、超巨大国家鈴木の170分の1ほどの勢力にしかならない点も見逃せません。
そして、あだ名ランキング堂々の1位に輝いた堂道氏のあだ名の多さは圧巻です。
これらは全て学生4年間中に呼ばれていたものなので、単純に2.5ヶ月ごとに新しいあだ名で呼ばれていたことになります。
驚きです。 |
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2007 08,02 20:14 |
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長らくお待たせいたしました!
しばらく我がZドライブに眠っていた写真たちをほぼ全部アップ完了しました!! 2005年ジュニアカップ 2005年練習風景 2005年ドリンボ鍋 2005年夏合宿 2005年学生選手権 2005年新人戦 2005年忘年会 2006年ビーチアルティ 2006年桃狩り 2006年夏合宿 2007年夏合宿 あまりに大量すぎてコメントが入っていないものがほとんどですが、 ハスキーズの歴史を感じてください! 左のメニューの「リンク」から見ることができます! 最後に、僕の代が1年生だった頃の春合宿の写真で締めくくります。 今でこそベッカムを名乗るロミオ氏が、ただの薄汚い浮浪者みたいになってるのが感慨深いですね・・・。 |
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2007 06,28 18:08 |
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ごく一部の人にお待たせしました!
マッスルパークの写真をアップしたので小さく楽しんでくださいな。 |
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2007 06,15 14:38 |
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2007 06,06 15:03 |
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主にハスキーズの下級生諸君へ。 |
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2007 06,04 09:26 |
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やばすぎます。
久々にブログにコメントされていると思ってチェックしたら、なにやら「雷神」という知らない名前の人からのものでした。 アルティ界で「雷神」といえば対戦相手の誰もが恐怖し、ミックスでもハスキーズがボコられた例のチームしか思い当たらないのですが、そこと同じ名前を使うなんてなんと世間知らずな奴なんだと思いつつコメントを読んでみました。 福島塗料雷神#58韋駄天さんからでした・・・。
自分の同期の代で伝説化している大体の主要メンバーの一人がコメントしてくれたことはこの上なくうれしいことは間違いないのですが、
それ以上に思ったのは韋駄天さんがこのブログを発見した経緯が謎過ぎる!!!!!!!
どこをどう検索したらここにたどり着くんだ!!!!!!
謎に包まれたハスキーズのアイドル韋駄天さんは、今後も要チェックですね。
韋駄天さんは、これからもインパクト大な韋駄天さんでお願いします。 |
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2007 05,31 18:31 |
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お待たせしました!
MIXの写真をアップしました。 左のリンクから辿ってください。 |
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2007 05,11 20:12 |
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2007年5月5、6日、秀一先生、マイク、横やん、えいじと一緒に日本代表合宿に乗り込んだ。
わしは約1週間前のトレーニング中に肉離れをしてしまっていたが、これは4年に1度しか行われない合宿であり、残りの人生で1度か2度しか訪れない機会であったため、体が動かなくなるまでやってやろうという決意で富士へと乗り込んだ。
アップのミートや、ロング練からかなりとばした。
肉離れは痛んだが、対抗試合にも出た。
しかし、きわどいダイブキャッチはことごとくディスクが手から離れてゆき、普段なら何でもないディフェンスも最初の一歩が出遅れ、自分の責任でいくつか失点を許してしまった。
カットを踏んだり、奥へ全力で走ったり、ダイブをするたびに肉離れの筋肉が少しずつ裂けていくのが感じられた。
しかし、どうしても試合に出ていたかった。
むしろ自分が文化シャッターや全国の強豪たちにどれだけ通用するか試したかった。
初日は何とか耐えられたものの、2日目はダメポだった。
選考後に鮫さんから言われた個人評価も悪く、ランク分けでは最低のCランクに格付けされた。
しかしわしはそこまで落ち込まなかった。
むしろただ単純にこの場にいることに達成感を感じていた。
代表選考で良い評価をもらえるなんて高望みは最初からしていない。
自分の実力が国内で通用するとわかっただけで満足だった。
わしはアルティを始めたのがみんなより半年以上遅かったのと、それ以上に全然センスが無かったため、正直つらい選手生活を過ごした。
スローは2年生までサイドが投げれず、オープンミートでミスらないようになったのは2年の夏。サイドロングがチョップにならないようになったのは3年の秋である。キャッチも弱く、特に競るミートや上競りなどは絶望的だった。また戦術理解やゾーンDのポジショニング能力も低く、4年生までせいぜい時間稼ぎゾーンくらいにしか使えないような代物であった。
自分が2年生のときの新人戦、レギュラーを後輩にとられ、圧倒的な勝ち試合や消化試合でしか起用されなかった。
自分が出るセットは必ず失点するとまでバカにされた。
普段の練習や練習試合でも、キャッチミやスローミをすると「またハルオかよ」的な目で見られ、肝心な所でミスるメンタルの弱い男というイメージが浸透していた。
恐らく1コ下以上の年代のハスキーズの人はいまだにそのような印象を持っているだろう。
それくらいショボいプレーヤーだった。
悔しくて、よく練習中や練習後に泣いていた。
そして、いつも泣きそうな顔で練習していた。
自分が4年生のときの学生選手権2次の準決勝、1点差を争う中京戦、間違いなく学生時代最大の山場であり、4年生にとってはこの試合の為に日々練習をしてきたといっても過言ではないようなタフな試合であったが、遂にわしの名前は一度も呼ばれなかった。
しかしわしは当時のキャプテンを絶対に恨まない。
ただただ自分の実力不足を再認識し、今考えても遅いとわかっていてももっと練習すればよかったと歯を食いしばって、目もくらむような後悔に耐えるほか無かった。
放心状態で帰宅した夜は泣き通した。
しかし、わしは常に「練習は不可能を可能にする」という言葉を信じ、練習後いつも一番遅くまでスロー練をし、自分が満足いかなければたとえ1人であろうと網に向かってのスロー練や体力練を続けてきた。
誰も知らないと思うが、3年生、4年生の時は貧弱だった筋持久力を高めるため、半年近く学校のジムでのトレーニングを欠かさなかった時期もある。
才能の無い自分がまわりの強い人間を超えるためには彼ら以上の練習をするしかないという考えは、学生時代も今も変わらない。
スタートは大幅に出遅れてしまったが、ようやく最近になってだんだんと今まで積み重ねてきた練習の成果が実を結び始めてきたと実感するようになった。
ようやく笑顔で練習に参加できるようにもなった。
そんな矢先の日本代表選考合宿である。
今で腐るほど悔しい経験をしてきた。
C評価を受けたことよりも、対校試合で、今まで雲の上のような存在だった社会人のチームや中京、大体の連中、そして秀一、マイク、横やん、えいじという学生ナンバーワンの後輩達と肩を並べてアルティメットができただけで、わしは嬉しかった。
もちろんこれでわしのアルティが終わったわけではない。
むしろここからがスタートであり、社会人になって練習時間が確実に減った中でどれだけがんばれるかが試される。
とりあえずの目標は夢の島。
日本代表という別格な目標はその後に考えましょう。
恐らく代表合宿に行った4人とは全然違う感想を持ったわし。
今を輝くハスキーズだけど、みんな引退の時に胸を張って努力したと言えるほど練習してますか?
みんながんばれよー!
自分もがんばれー。 |
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2007 05,01 14:29 |
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時は2007年5月1日。
火曜日でかつ振休だったため、わしはハスキーズの練習に混ぜてもらおうと思っていた。 また、翌日は新歓合宿だったので、実家の車で湘南台まで来たついでに車で朝練に行こうと企んでおり、そのついでに始バス組を乗せてあげるつもりでいた。 午前7時、家から徒歩30秒のあいこを拾った。 午前7時3分、バス停前で池上さんを拾った。 午前7時10分、竹下さん&ボブ雄の家の前で竹下さんを拾った。 この時点で車内にはわしを含め4人となり、その他の人からの連絡も特に無かったためこのままSFCへと向かうことにした。 なぜか竹下さんがびしょびしょの状態で現れたことに一同爆笑し意気揚々とした雰囲気でSFCへと向かう中、突然必死の形相でこんなことを発言した人がいた。 「やばい!スパイクを家に忘れました!」 内心ゲロめんどくせーと思いつつも、表面的には八方美人のわしはその人の住む「ファーストステージ」という建物の前まで車を戻し、降ろしてあげた。 その人はすごく機敏な動きで車から降りようとしていたので申し訳なく思っているという意志は伝わったのだが、それなのになぜか車が止まるまでショルダーかばんの肩ひもを肩からはずしていなかったりとか、少し挙動不審というか切羽詰まった様子であったことが印象に残っている。 わしは「ファーストステージ」の隣の駐車場に車を停止させ、すぐに出発できる体勢で待ち構えていた。 しかしなかなか帰ってこない。 およそ10分間、車内に残った3人で翌日の新歓合宿のこととかを話していたのだが、一通り話も終えたところで奴がまだ帰ってきていないことに気付いた。 いくらなんでも遅いのではないか。 という雰囲気になったところに、奴は満面の笑みかつ先ほど降ろした時と比べて遥かに軽やかなステップで颯爽と戻ってきた。 怪しい。 容疑者は「スパイクを探していました」の一点張りだったのだが、仮にも偏差値の高いといわれている学校に通っている我々は知恵を振り絞り、推理を働かせた。 そして一つの仮説を打ち立てた。 『仮説:奴はスパイクを取りにいったついでにウンジャーリーをしていた』 状況としては、ダッシュで部屋まで戻ったらソッコーでスパイクを発見してしまい、時計を見たら車だし時間的に「余裕やん」と思い犯行に至った、というものである。 また、そのような考えに至った根拠もいくつかある。 根拠1 『車を降りる寸前の行動が挙動不審であった。』 →相当我慢していたため、ある種のパニック状態に陥っていたのではないか。 根拠2 『車に戻ってくる時のステップが以前より軽やかだった。』 →物理的に体が軽くなっていたのではないか。 根拠3 『スパイクをしまってある場所はなかなか忘れない。』 →いくら部屋の片付けをしたといっても、汚れたスパイクのしまうところはだいたい決まっている。ていうか下駄箱の可能性が高すぎる。 根拠4 『奴ならやりかねない。』 →2006年ガイアカップでの前科にも表れている通り、時に常人の感覚とはかけ離れた行動をとることがあるらしい。 更に極めつけは、容疑者の身辺に詳しい人間からこのような証言も出された。 証言 『朝、整腸効果のあるフルーツを食べたらしいですよ。(中村春Nさんより)』 これだけの状況証拠が集まっているが、日本の法律ではグレーゾーンは黒にはできないため、先輩の車をウンジャリのための下駄代わりに扱ったという重罪は迷宮入りとなってしまった。 なんたる無念・・・。 |
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2007 04,24 12:48 |
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なんか読者の想像力への試練みたいな文章の日記が更新されている一方で、4月21日に行われたフレッシュマンズカップ決勝の写真集をアップしました。
左のリンクをたどってください。
みんなサイコーにかっこよかったぞーー!!
特にレディースが日体を倒した瞬間とか鳥肌ものでした!!!!!!
オープンもレディースも今度はアベックで学生決勝だーーーーぅ!!!!! |
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2007 04,07 16:56 |
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2007 04,02 15:55 |
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2007 04,02 11:17 |
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わしは日々身のこなしについて考えている。
もちろんただ個人輸入DVDを見て妄想しているだけではなく、
アルティ以外の様々なスポーツの動きを参考にそれらがアルティに応用できるかどうか考え、練習に取り入れている。
その中でわし的に、特にアルティのプレーの質を高める上で有効と思われる身のこなしを2つ紹介したい。
1、「うねり走り(うなぎ走り)」
ラグビーやアメフトで用いられる、直線的に走っているスピードを殺さずに急激な方向転換が可能となる走法。タックルをかわすためにとても有効な動きである。
アルティにおいてはカットでDを切るときはもちろん、ちょっとプラス過ぎたりマイナスに入ってしまったスローに対して減速せずに方向転換しミートに行く際に有効であると考えられる。
で、その走り方なのだが、柔軟な足首と重心のコントロールが大切になってくる。見た目の特徴として、方向転換しているときに体が倒れそうなほど傾いているがしっかりと足で地面を踏みしめていることが挙げられる。わしもマスターしているわけではないのだが、たまたまうねっている現場を激写された写真が2007ドリームの写真集の中にあったので、それでイメージしていただきたい。
2、「クラゲの手」
キムチの人から教えてもらった知識で、手~腕を脱力して、あまり腕を振ることなく走るという走法。速く走るためには手をギュンギュン振る必要があるが、アルティでは走りながらディスクをキャッチする必要があるので、いつまでもギュンギュンしているわけにはいかない。キャッチの直前は手や腕がフリーに使えた方が咄嗟の対応が効く。
練習方法として、走るときになるべく力まないでかつ腕を振らないように意識することはもちろん、手と足の動きを同期させないで走ってみたりといったように、「走る」という動作の中で足と手を別物のように扱えるようになることが重要である。
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2007 03,28 12:19 |
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いつ更新作業やってるんだよ!!
という感じですが、早速プロモーションビデオ撮影風景の激写写真たちをあっぷしました。 いやー、貴重な体験ができましたね。 |
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2007 03,23 09:18 |
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お、韓国アルティツアーの全貌が明らかになりつつありますね。
楽しみだー。
さてさて、来たる3月28日(水)の夜に、馬場シェフによるお食事会が催されます!
詳細は以下の通り。
日時:2007年3月28日(水) 午後8:00~
場所:Rikishi Ultimate Museum
メニュー:馬場シェフおまかせディナー
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2007 03,22 20:23 |
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はいどーも!
2007年ドリームの写真をアップしましたよ!! 左のリンクから閲覧してくださいな。 HuskiesにAYAにCuriousに、いろいろありました。 では新シーズンもアルティがんばっていきましょー!! ※修正完了! |
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2007 03,09 17:59 |
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ついに韓国アルティ大会の詳細が公開されました!!
http://koreaultimate.net/jeju/ 僕は英語がまるでダメポなので、ここはハスキーズのベッカムことドリンボさん、要点のお知らせをお願いします!! |
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2007 03,06 20:34 |
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ある日かずさんがわしの家に泊まりに来たとき、ふとかずさんからこんな質問が出た。
かずさん:「兄弟でアルティメットやってる人ってどれくらいいるっけ?」
2人で思案し、列挙してみた。
・鮫島兄弟 兄:鮫島 暁(中京大学Flippers→文化シヤッターBuzz Bullets)
妹:鮫島 萌(中京大学Naughty Kids)
兄弟共に日本のアルティメット界に貢献しまくっている、超一流アルティ兄弟!兄は学生時代に優勝を経験し、社会人では全日、ドリーム、世界大会などで優勝を経験している超エリート。そして妹は中京の学生7連覇のうちの4連覇に貢献し、4年生の時にはMVPもとっている。
・田中兄弟 兄:田中 宗一郎(ICU Winds→Crews) 弟:田中 竜二郎(慶應義塾大学Huskies)
こちらもある意味すごく有名な兄弟アルティメッター。兄の宗一郎は俗に言うクルクルパーで、彼の行動や言動、そして存在が常人の理解を超えている。一方弟の竜二郎は兄と違って一見おとなしいのかと思いきや、突如江頭2:50に変身してResort in あおのの施設備品や2006年度の追いコン会場を破壊しまくるといった暴挙に出るすごい奴。最近竜二郎は、自分の趣味が江頭2:50になることだということが一女にばれてしまって敬遠されていることに寂しがっているという噂を聞く。
・佐藤兄弟 兄:佐藤 量大(東京大学Brownies→Loquitos) 妹:佐藤 久美子(慶應義塾大学Huskies)
こちらも社会人、学生の上位チームでそれぞれ活躍している素敵な兄弟!量大さんは夢の島、くーは駒沢を目指す!
・久富兄弟(双子) 兄:久富 啓介(東京外語大学Max)
弟:久富 康介(東京外語大学Max)
2005年の夏合宿で、波崎のコートが隣だったためにハスキーズと交流ができた双子。さすが双子で激似である。ハスキーズの一発芸大会に乱入してきて、2人でウォッカの原液一気飲みをして、お亡くなっていました。
・石井兄弟 兄:石井 カツマ(明治大学Free Flyers?→Bombers)
弟:石井 ヒロキ(慶應義塾大学Huskies→Disc Mania)
かなり上の世代の兄弟。弟のヒロキさんはハスキーズの第二期です。
・宮田兄弟 兄:宮田 志門(立教大学Maneuvers)
弟:宮田 大門(立教大学Maneuvers→Otti?)
一世代前の、立教大学の名物兄弟。特に兄は猛烈にギャル男さんで、さわやかな立教の中で一際異彩を放っていた。弟の大門はギャル男ではないものの、やはりそっち系のお顔をなさっていたような気がする。
うーむ、やっぱり兄弟でスポーツをするというのはいいものである。 是非うちの珍面にもスポーツをやってもらいたかったのだが、彼女は残念ながらわしの秘められた素質であるキモヲタ系が全面に現れてしまった残念な感じの妹なので、だめぽにも程がある。
ちなみに、かずさんに兄弟アルティメッターって誰がいるという質問を受けて真っ先に頭に浮かんだのが、
・マホーニー兄弟 兄:Neale Mahoney(Brown Univ.)
弟:Colin Mahoney(Brown Univ.&Death or Glory)
言わずと知れた、ブラウン大学のマホーニー兄弟。兄弟揃って200cmくらいあり、アメリカの中でも異様にでかい。そしてなかなか足が速いときているので、2005年のUPA CollageのFinalでは優勝候補筆頭だったスター集団Mamabirdにとって大きな壁となった。そして、見事サドンデスの末Mamabirdを撃破し優勝を飾った。現在弟のコリンはDoGでも掛け持ちでプレーしており、バリバリのスタメンとして活躍している。
・ヴァンデンバーグ兄弟 兄:Paul Vandenberg(Brown Univ.)
弟:Mike Vandenberg(Brown Univ.)
こちらもマホーニー兄弟と同じ時期に兄弟で所属していた。特に兄のポールはQBとして超強力なロングスローを心得ており、同じく2005年UPA Collageでのブラウン大学の優勝に大きく貢献した。弟のマイクは現在ミドルとして活躍している。 であったということは、誰にも話せない内緒の話である。 |
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